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My Web Album
Picasaウェブアルバム 中国1ヵ月と中東・東欧2ヶ月のたびの写真です。 My Bookshelf 本棚読んだ本、読みたい本の置き場所。 CAUTION 掲載情報を利用したいかなる結果に対しましても、当サイトの管理者は一切責任を負いませんので、自己責任においてご利用ください。 当サイトからの画像・文章・ソース等の無断転載および引用・複写・模倣等は固くお断りいたします。 ネームカード
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列車は、ほぼ定刻どおり12:30にアスワンについた。12時間の列車の旅だったが、以外に快適、よく寝れた。起きてからは、ナイル川の風景が車窓から良く見えたし、飛行機なんかよりお勧め。なんといっても安い。
今日のホテルは、マルワHOTEL。駅から近く駅に呼び子が居たので、探す必要もなく楽だった。やはり、事前のリサーチは欠かせない。宿と飯は。1泊6Eで安い。が、水周りが良くない。シャワーはぎりぎりセーフで、トイレは合格。だけど、洗面台はちょっと使う気になれなかった。ドミトリーの部屋は、普通で、余りかゆさもない。 部屋に荷物を置いたら早速、エレファンティネなどに行くことに。ただ、同行してた女性二人が、明日のナイルクルーズを探すということで、川べりで船を捜して、しばし交渉。 なかなか、現地の人に尋ねず、自分で探そうとするためかなり時間を食ったが、結局、現地のブローカーみたいな人を通して、チケットを購入。あさっての昼発で、一人70$で決まった模様。女性は、妥協しないね。いい面も悪い面もあるが。 その後は、エレファンティネ島などを巡るためのフルーカの交渉。結局、女性二人の活躍で、3人併せて15E/1hourになった。ぼられなかった気がする。女性は強い。エレファンティネ島や、対岸のお墓?を見たんだけど、まあまあって感じ。一番良かったのは、フルーカ。風も出てたし、結構なスピードで進んで気持ちが良かった。翌日の昼に乗った人たちは、風がなくほとんど進まなかったと言っていたので運がよかったのかな。 フルーカは、船底も低いしナイル川をとってもダイレクトに感じられる。かなりお勧め。 17時に岸に戻り、夜ご飯を宿の近くの食堂で食べる。個人的には安くて味も普通でよかったのだが、女性二人には駄目だったようだ。まあ、メニューが鶏肉だけだし、鶏肉とご飯とスープだけだし、食べれれば良いと言う人以外は物足りないかも。 その後は、翌日のルクソール行きの電車のチケットを買う。18:00発21:00着。相変わらず、チケットにはアラビア語オンリーで全く読めない。夜に着くのは嫌なんだけど、スケジュール的にしょうがない。かなり、急いだ日程だし。宿が取れるか心配だ。インターネットカフェに行き、23時ごろに宿に帰って寝る。この日は、あまりアスワンの街を歩いていない。だけど、道路は未舗装で土だし、駅舎は雰囲気出てるし、カイロなんかよりもエジプトって感じがした。まあ、小さい街だから長居する所じゃないと思うけど。 【出費額】1E=22円、1$=125円 アスワン⇒ルクソール電車チケット 28E 宿 6E フルーカ 22E 対岸遺跡 10E エレファンティネ島 10E 夜飯 12E インターネット 14E 水 2E Tags:#05~06年冬中東、東欧
この日は、朝6:30起床。旅に出ると早寝早起きになるので、これでも普通な感じだ。実は、前日に宿のオーナーに勧められて、車をチャーターしてピラミッドへ行くことになっていたのだ。同宿していた、ガーナから帰国途中にストップオーバーでカイロに立ち寄った男性と2人で。一日100Eと旅の最初で節約という概念があまりなかったからこそできた贅沢で、ギザのピラミッドに行くくらいなら自分で簡単にいけたのだ。まあ、確かに楽だった。
ギザのクフ王のピラミッドは先着何名様までか、内部に入ることが出来る。せっかく車もチャーターしているしということで、内部に入れるように朝早くに出発となったのである。ピラミッドまでは、車で30分くらいか、ずっと舗装された道で、ピラミッドの場所だけ囲いがあり砂で埋もれていた。テーマパークのような感じ。内部には無事入ることができ、200段ほどの急な階段を上っていった先は、小部屋に空の棺が置いてあるだけだった。まあ、ピラミッドのでかさを体験できたのだからよい体験だろう。特別チケットはすごく高かったけど。 ![]() ![]() さて、ギザのピラミッドは敷地がすごく広いので中を車で移動が出来る。タクシー等を使って自力で来たら、中の移動は歩きだっただろうからこの点は楽だった。敷地内の一番手前にあるのが内部に入れるピラミッドで、後は来るまで奥にあるスフィンクスの場所に行く。この間に、大小いくつものピラミッドが点在しているという感じだ。スフィンクスは意外と小さく、しょぼかった。有名なスフィンクスの視線の先にはケンタッキーがあるというのは本当で、スフィンクスの目の前がすでにピラミッドテーマパークの敷地外でロータリーになっている。で、そのロータリーをはさんだ向かい側にケンタッキーがあるというわけ。現地で見ると別に普通な光景だった。 ![]() ![]() ![]() ギザのピラミッドを見た後は、車でサッカーラまで移動する。道中は、川沿いの緑豊かな景色を楽しむことができ、ナイルの恵みという言葉を体感した。まあ、あの川がナイル川かどうかはさておいて。 ![]() サッカーラのピラミッドは、結構小さかった。正直、ピラミッドのあまり興味がなく一度見るだけでいいという人は、ギザを見れば十分だと思う。また、サッカーラの後に時間が余ったとかで、コフト教の協会に行った。つまりは古代キリスト教。モスクだけではなくキリスト教の遺跡もある不思議な町だった。 タクシーのチャーターは14:00までで、一旦宿に戻った。この日の00:30発の夜行列車でアスワンまで行くので、一度もしていないカイロ市内の散策をすることにした。宿から、町の中心の広場までは簡単に歩いていけるため、両替がてら歩いて町の中心に向かう。約2時間ほどかけてケーキなどを仕入れつつ歩いていると、声をかけてくるエジプト人の多いこと多いこと。それだけだまされる日本人が多いということかなあ。途中、大混雑しているお菓子屋さんでチョコレートケーキとタルトを購入。英語が通じないので身振り手振りだったが、ほしいものが買えて満足。このケーキ、すごい甘かった。 また、両替にT/Cを使おうとアメックスのオフィスに行ったのだが、手数料を取られた。アメックスのT/Cなのに…。 17:00ぐらいに宿に戻って、同宿の日本人とコシャリ食べに外に出る。宿の付近は官庁街で少し歩いて大通りに出ないとコシャリを買えないのだが、初めてのコシャリはあまりおいしくなかった。でも、連れ出してもらえたからこそよくわからない店に入ってコシャリを食べることが出来た。僕は、どうも気軽に店に入って物を食べるということが苦手で、この先食べ物にはすごく悩まされた。ちなみに、コシャリを食べた後に、宿に戻るまでで水とお菓子を買った記憶もあるが思い出せない。 そんなこんなで、宿に戻り団欒しているとあっという間に列車の時間が近づいてくる。最初は、地下鉄で行こうかとも話していたが、2人だし夜も23:30ということもあり、タクシーを捕まえていくことに。宿の主人も、一緒に大通りまで出てタクシーを捕まえてくれた。これで、カイロともお別れである。 列車は、一等車ということもあり、マッサージチェアのような大きないすが両側に一つづつ置いてある。ゆったりとした感じ。隣に人がいないのと。背もたれが180度近く倒せるということで、とても快適なベッドとなった。唯一の難点は、車内が寒いことで上着が必要だったことか。カイロは本当にあったかくTシャツで過ごしていたので、大変だった。 【出費額】1E=22円、1$=125円 車のチャーター代 100E ピラミッド入場料 98E コシャリ 1.5E ケーキ 17.5E 両替手数料 3E 宿代(二日分) 10$ インターネット 8E タクシー 6E Tags:#05~06年冬中東、東欧
前日というか明け方の3時に宿に着いたので、すぐに爆睡。9時に起床した。本当は、朝のうちに考古学博物館に行っておきたかったけど、こればっかりはしょうがない。エジプトだけ同行しようと事前にメールをしておいた女性と宿で合流。荷物の整理やシャワーを浴びたりしていたら、すっかり遅くなってしまい、11時ごろに考古学博物館に一人で行った。考古学博物館は、欧米人だらけですごい人。受付にカメラを預けなければならず、まったく画像は残っていないが、ミイラもツタンカーメンの黄金マスクも見ることが出来た。
その後は、考古学博物館の前で同行の女性と合流して、明日のアスワン行きの切符を買いに行くことに。考えてみればカイロには2泊3日しか滞在しなかったことになる。駅までは、地下鉄を利用。地下鉄とかバスとかは行き先が明確にわかるのでとても使いやすい。ただ、アラビア文字には四苦八苦したが。何しろ、まったく読めないのでガイドブックと同じ形の駅で降りるしかないのだ。 ラムセス駅では、切符の買い場所が1等車専用があり、少々迷う。また、切符売り場でも英語は使えず困るのだが、なんとtrainpolisのおじさんが片言の英語で切符を買ってくれた上に切符の時間や席のNoを英語で翻訳してくれた。これは本当に助かった。何しろ、すべてアラビア文字でミミズがのたっくているようにしか見えないのだ。切符売り場では、偶然、別の日本人女性に出会う。彼女も明日の電車でアスワンに行くようで出会えたらご一緒しましょうとなったが、本当に出会えてアスワンでは行動を共にすることになった。 切符を買った後は、Taxiでイスラーム地区へ向かう。最初はバスで行こうとしていたのだが、無理だと冷たく言われタクシーを使うことに。まあ、二人だからいいけどね。 ![]() ![]() イスラーム地区では、ハンハーリでタクシーを降り、軍事博物館まで歩いた。この地区はカイロの下町という感じで、とっても雰囲気はあるのだが、なにしろ遠かった。しかも軍事博物館までは、坂道が続くし。ハンハーリを見て、その先の下町も味わったらタクシーに乗ることをお勧めする。 ![]() ![]() 軍事博物館は、昔、城砦だったところが公開されている。中の一室で、エジプトの歴史が見れるわけだ。まあ、微妙だったが。時間も押していたこともあり、さっさと見て出てきた。帰りもタクシーを拾って帰る。正直に言って、歩くのももちろんバスも無理だ。タクシーしか交通手段がない感じ。同行の女性は、タクシーを止めても値切りたそうだったが、こちらは疲れてるしどうでもいいので早く帰りたかった。これは、この後のアスワンでも思うのだが、女性はとにかく値切りたがる。出すとこは出した方がいいと思うんだけど。 ![]() 宿について、少しのんびりしたら同宿の日本人3人で中級レストランにご飯を食べに行った。途中、両替屋でドルをエジプシャンポンドに両替。前日に60$を両替していたが、きれいになくなった。さらに現金60$を両替。これが失敗で、T/Cが使えるのだからT/Cを使えばよかった。現金を残しておかなかったおかげで、後々つらい思いをすることに。で、ご飯の方は、3人いるのだから、普段入らないようなところへということでいったのだが。これが失敗。外人だらけで、ご飯も普通。料金だけが高い感じだった。 そういえばこの日は昼飯を食べていないらしい。旅行中はよく食べないということはあった。 この日は、ご飯の後に宿に帰って就寝。 【出費額】1E=22円、1$=125円 ビザ 15$ 考古学博物館 55E 水 1.5E 地下鉄 0.75E アスワンまでの切符 57.5E タクシー 9E パン 5E バクシーシ 0.5E セドラム 20E 夜飯 25E 水 1E Tags:#05~06年冬中東、東欧
7:30自宅最寄り駅発のバスに乗って成田へ向かう。成田には、9:30に到着。チェックインは、11時だから暇をもてあます。
その間、マックに行って朝飯を食べ、パスポートなどのコピーをして、腰に巻くタイプの貴重品入れを買った。 実は、前日の夜から荷造りを始めた結果、ほとんど寝れず、朝もぎりぎりで飛び出してきたのだ。 これから、念願の旅行なのに不安ばかりが増幅していく。 搭乗するアエロフロートが13:00発の予定が、搭乗自体が13:00に開始し少し遅れている模様。ロシア人と日本のツアー団体に混ざって搭乗ゲートに並んで、無事機内へ。 機内は、狭い。それ以外は、機内食もまずくなく満足だった。ただ、10時間も乗ることになるので狭いというのはかなりきつかった。となりは、日本人ツアー団体のおばちゃんでこれから2ヶ月にも及ぶ旅行に行くという実感はまだなし。 成田13:00発でモスクワ着が23:35。現地時間で言うと17:25。そこから現地時間で21:20までトランジットエリアで乗り換え期を待ち続ける。モスクワの空港は暗いし、トランジットエリアの物価が高いし、何もないしで本当に暇だった。 モスクワーカイロは、ほとんど寝た。起きて機内食を食べて寝てという感じ。実際、成田→モスクワでは、前日ほとんど寝ていないのにまったく寝れなかったからよく寝れた。また、さすがに腹が減ってやばかったので、機内食もお替りしたいくらいだった。 カイロに着いたのは0:30。2ヶ月に及ぶ中東欧旅行の始まりである。 エジプトは、ビザが必要なのだがこれは入国前に空港でとることができる。確か15$。そのほかに、45$ほど空港で両替する。後でわかったことだが、中国と違ってどこで両替してもレートは一緒で手数料のあるなしがでかかった。エントリーカードは、最初アラビア語のを取ってしまい焦ったが、ちゃんと英語版もあった。何人か、同じようなバックパッカーがいたのだが、この時点では接触なし。入国自体はスムーズで、すぐに空港の外に出ることができた。入国エリアは、閑散としていて海外だなあという感じ。 最初の感想は、暑い。12月だし夜なのに熱気を感じた。それになんともいえない匂い。ここで、初めてスタートだと感じた。 さて、今夜の宿は当然決めていた。ただ、予約とかはしていなくて事前にネットで調べておいただけ。地図とかもあって、市内までいけたらあとは歩いていける自信があった。だが、問題はしないまでの交通機関。さすがに深夜1:00では、空港は閑散としている。ネットでは、24時間運行で市内までバスがあるとあったので、それに期待する。 空港の入国エリアをでると、早速タクシーの客引きに捕まる。なんと言い値が15EURO!。これに引っかかるバックパッカーっているのかと疑問に思うくらい高い。交渉の余地もないといってやると、複数で乗ったら安いとかのたまう。運ちゃんが他のバックパッカーを探しているので、相手にせずにさらに外に出た。でも、本当に安全策をとるなら10EUROぐらいでタクシーに乗って宿まで直接行くのがいいのかもしれない。なにしろ、この後、現地人と一緒のバスに乗って人っ子一人見えない深夜のカイロ市内を30分くらい歩いたんだから。 さて、警備員のおじさんにバス乗り場を尋ねると、向こうにあるという。なので、行ってみると確かにバス乗り場っぽいところがあって明かりもついていた。到着してすぐに後ろから日本人が二人きたので、バスはあるのかなと安心する。しばらく、その人たちとしゃべって待っているとすごいおんぼろバスがやってくる。現地人も結構乗っている感じ。こんな夜遅くなのに…。行き先を確認すると、市内中心部のタフリール広場に行くという。早速乗り込みいすを確保する。このバスに乗ったのが、1:30くらいで出発したのが2:30ころだからかなり遅れた。そして、その間に好奇心旺盛な現地人から日本人3人は質問攻め。適当に英語で返しているのだが、後から後から質問が。結局、そこで仲良くなったおじさんがバス代を3人分出してくれた。25ptだけど、ほんとうに感謝。そして、エジプトの最初の印象はよいものとなった。 バスは、市外にある空港から大きな通りを通って市内に向かう。高速道路という概念はないが、きちんと整備された道路だった。バスが扉も閉まらないくらいボロいので、振動はすごかったが。車内での会話はもう覚えていないし、そこで一緒だった日本人のこともほとんど覚えていない。そんなもんじゃない? タフリール広場に着くことには、現地人はほとんど降りていた。タフリール広場がどこかわからない我々は、周りの人に聞きまくって、間一髪下車することができた。その際に、ボールペンをくれといわれたのはご愛嬌。あげなかったけど。 ![]() さて、タフリール広場から、予定していたサクラまでは、地図で見ると結構歩く。ただ、タクシーも通っていないし、歩くしかないかという感じで歩いた。これは危ないので真似しないほうがいい。他の二人は、ここから近いスルタンとかに行っていた。僕は、なんかここで一緒に行くのもくっついているみたいで嫌だなと思ったので、初志貫徹してサクラへ。 サクラまでの道は、迷わなかったけど、暑いし荷物は重いしで、かなりきつかった。サクラは、普通のアパートの4Fなんだけど、4Fというのがわからず下で寝ていた関係のないおじさんをたたき起こしてしまった。眠そうなおじさんは、階段を一緒に上ってサクラの主人を起こしてくれた。こんだけしてくれてバクシーシと言われなかったのは、今思うと不思議。アパートの外に看板が出てるからよかったけど、あんときは焦ったなあ。 運よくというか、ドミトリーはがらがらで広いドミトリーを一人で占領してその日は爆睡した。 サクラと言う宿自体は、オーナーは日本語がしゃべれるしシャワーとかきれいだし、旅のはじめとしてはかなりよかったと思う。情報ノートもすごく役に立った。 【消費額】 ・マック 480円 ・貴重品巻き 2000円 ・コピー 60円 Tags:#05~06年冬中東、東欧
帰国しました。モスクワでのトランジットは、結局3時間ほど。中身は、11時にプラハを発ち、プラハ時間の14時くらいにモスクワに到着します。ですが、モスクワ時間では、16時。なので、モスクワ時間で19時20分発の便まで3時間ちょっとしかなかったわけです。6時間を想定していたので拍子抜け。あっという間でした。
心配した天気は、大丈夫なようで雪も降っていませんでした。ただ、昨日あたり、東欧では寒波に見舞われた様子。これと遭遇しなくて本当に良かったです。-20℃とか、本当にありえん。 このブログは、これから、時間をかけて旅行と競馬に整備していきたいと思います。いわゆる、日記ブログは別にあるんですが、見たかったら聞いてください。 Tags:#05~06年冬中東、東欧
おそらく、海外からの更新はこれが最後でしょう。
昨日はチェスキークロムロフという、世界遺産にも登録されている南ボヘミア地方の田舎町に行ってきました。のんびり静かでいいところです。冬場は雪が積もって、自慢の赤い屋根の連なりは見えませんが、観光客がほとんどいないのでのんびりできます。この真冬でも、日本人ツアーが3組ほどいましたので、夏は想像を絶する人なのでしょう。また、ここには地ビールがあっておいしいとのことだったので、着いて早々昼間から飲んできました。黒ビールと普通のビールの2種類がおいてあり、両方とソーセージを注文。味のほうはとってもおいしかったです。安いことはいうまでもありません。 昨日は、クロムロフに泊まって、今日は朝からプルゼニュという街に移動しました。この街は、ピルスナーの工場があるところ。昼についてすぐ、工場見学ツアーに参加して樽からビールを飲んできました。うまかった。味の深みが違います。 つうことで、ほんと、チェコでは毎日昼間から飲みまくってます。明日は、最後なので思い残すところが無いように飲んできたいです。 モスクワは大寒波のようで、飛行機が飛ぶのか、飛行場は寒くないのか心配です。 Tags:#05~06年冬中東、東欧
今日は、アウシュビッツで会って以来、行動をともにしている友達とビールを飲んできました。昨日も、スーパーに行ってビールを買って夜に飲んだんだけど、やっぱりバーで生ビールを飲みたいということで2軒だけですがはしごをしてきました。やっぱりおいしいです。昨日の瓶ビールもおいしかったけど、生は本当に美味しい。今日飲んだやつは、黒ビールとピルスナー。ピルスナーの方はとっても有名だと思いますが、黒ビールのほうも1489年からの秘伝の製法で作られているとの事。とっても、こくがあってこれぞ黒ビールって感じで本当に美味しかったです。しかも、さらにいいのは安いこと。スーパーで瓶ビールを買うのなら、750mlで50円くらい。今日飲んだ生ビールは、黒が少し高くて400mlで300円。ピルスナーは600mlで150円。ありえないでしょ?明日も、沢山飲もうということになりました。彼は、明日ドイツに旅立つので。僕の方は、19日にピルスナーとブドバーの発祥地に行って、製造工場に併設されているレストランでビールを飲んでこようと思っています。
ちなみにこれを見ている友人の方。今日飲んだ黒ビールは、1.5リットルの瓶を土産用に買ったので。本当に美味しかった。賞味期限も2月8日までなので、帰国したら早速飲みましょう。19日に行く工場でも、きっとお土産用に売ってるはずだから買って来るつもり。 Tags:#05~06年冬中東、東欧
まだ、着いて2日目ですが。
プラハの旧市街はとても小さいです。しかも、プラハは旧市街にしか見所が無いので、観光だけを目的とするならすぐ見終わってしまいます。私も、おそらく今日、プラハ城に行けばあらかた見たことになるでしょう。だけど、プラハの街の魅力はその街全体だと思います。複雑に入り組んだ石畳の道は、本当に趣があります。モンスターの世界ですね。 ウィーンは、洗練されていて、とても趣があるんだけど整然としてる印象でした。だから、とてもわかりやすい。だけど、プラハは同じような石畳みの街並みでも、雑然として街の全体像もよく分かりません。惜しむらくは、プラハがとても寒いこと。ウィーンなんかとは比べ物にならないほど寒い。この寒ささえなければ、ふらふらと歩いて石畳みの道を彷徨うことも出来たのにと残念です。 でも、確かに、ウィーンよりも中世の趣があります。 Tags:#05~06年冬中東、東欧
アウシュビッツは、ドイツ語でポーランド語ではオシフェンチウムというのを知っていましたか?また、アウシュビッツはいわゆる第1収容所を指し、白い巨塔でも出てきた線路で有名な方は第2収容所のビルケナウを指します。また、この両者は3キロくらいしか離れていません。なので、両方に行って来ました。冬季は二つを結ぶシャトルバスがなくなるので、歩いて。
感想ですが、漠然としすぎてます。ひどいことはわかってるのですから。あまりのことに、遺品や髪の毛の展示を見ても、実際にここで行われていたことと理解するのはとても難しかったです。でも、やはり、ここは生で見るところでしょう。文章や写真、映像では、このなんともいえない感情は沸き起こりません。単純にひどい、恐ろしいとしか感じることは出来ません。少しでも、関心がある人は是非実際に行くことをお勧めします。とても、簡単にいけるのですから。また、アウシュビッツは見るのにお金は一切かかりません。すべて無料です。唯一、記録映像とパンフレットをもらうのに2.5ztと3ztかかるのですが、日本円にして10円と12円です。 Tags:#05~06年冬中東、東欧
昨日の朝方にプラハに着きました。ウィーンを14日の夜行バスで発って翌日の朝4時にクラクフに到着。6時に着くと聞いていたので、まあ、その時間からなら動けるかと思っていました。ところが、なんと4時。当然、どこも開いてません。バスターミナルも開くのは5時。しかも、めちゃくちゃ寒い。ウィーンなんか目じゃありません。ほんと、泣きそうになりました。
クラクフではアウシュビッツ収容所を見るだけで泊まるつもりは無かったので、帰りの今夜発のプラハ行きのバスのチケットを買うために、8時まで待つことに。8時からしかバス会社のオフィスが空かないんです。でも、結局バスのチケットは買えませんでした。プラハ行きのバスは冬季は週に一便に激減するそうです。はあ。なので、しょうがなく列車のチケットを買うことに。クラクフ-プラハ間は睡眠薬強盗とか物騒な話をよく聞くので、出来れば避けたかったのですが。 結局、なんだかんだいってアウシュビッツ行きのバスに乗れたのが8時40分。前に、2本見逃してでした。でも、これが幸いし、バスの中でブダペストで一緒の宿だった日本人と遭遇。おかげで、その後がかなり楽になったのです。一番でかかったのは、同じ夜行に乗れたこと、2人でコンパートメントを占領できる上、一人よりかなり安全です。 つうことで、クラクフは4時に降ろされたときは、最悪でしたが、最終的には悪くない街でした。といっても、クラクフの街は全く見てませんが。 Tags:#05~06年冬中東、東欧
ホテルサッハーに行って、サッハートルテを食べてきました。うん、普通のチョコレートケーキでしたね。しかし、ケーキと紅茶で8.4ユーロ…。普通に美味しかったですけどね。しかし、とっても高級なカフェ。とっても洗練されたボーイさんたちが案内してくれて、上着はクロークに預けて、紳士風のマネージャーが頃合を見計らって、各テーブルに行って会計を行うと。クロークで、初めてチップを支払いました。というように、とっても敷居が高そうですが、普通に旅行者風の人が沢山います。そして、サッハートルテと飲み物だけを食べています。厨房には、サッハートルテが大量にありました。なので、注文したらすぐに出てきます。でも、あの高級感はなんだかいい気分です。楽しかった。全部を含めて。
Tags:#05~06年冬中東、東欧
ウィーンでは、1泊20ユーロで朝夜付きのキムチハウスというゲストハウスに泊まっています。いわゆる、韓国人宿ですね。設備的にも立地的にも満足なんですが、肝心の御飯が・・・。本当に辛い。日本で食べる韓国料理みたいに、辛さに手加減がありませんのでもう、胃が愕いてるのがわかる位辛いです。でも、たのYHとかだと13ユーロくらいで何も付かないので、辛いのが大丈夫ならこの宿はいいと思います。僕は・・・。次は泊まらないでしょう。
というのも、リンク沿いのデパートの地下に食品コーナーを見つけたんです。そこでは、サラダなどの惣菜が売られているほか、販売している肉やチーズを切ってパンにはさんでサンドイッチにしてくれるサービスまであるんです。これが、安い。しかも、ショーウィンドウにある食材を指差しで注文できるのでバリエーションが豊か。他にも、自炊できる食材がそろっています。極めつけは、レンジでチンすればOKな物も多いこと。都会ゆえでしょう。なので、次回来ることがあったら御飯はここで調達です。きっと、キムチハウスに泊まるのと同じくらいの値段で食べることが出来ると思います。 さて、今日でウィーンは終わりで、夜行バスでクラコフに向かいます。そして、明日はアウシュビッツ収容所の見学です。で、その日の夜の夜行バスでプラハに向かうわけです。残すところ後2カ国になりました。 Tags:#05~06年冬中東、東欧
今日は、シェーンブルン宮殿と王宮を見て一日が終わりました。この二つ、入場料は高いんですが、なんと無料で日本語の音声ガイドを貸し出してくれるんです。で、それを丹念に聞きながら見ると、1日がかりになってしまうんです。でも、おかげですごくよくわかりました。やはり、説明があるのと無いのじゃ大違いです。歴史が好きな私としては大満足。シシィなんて、はっきり言って初めて知りましたし。啓蒙君主フランツヨーゼフ2世のこともよくわかりました。というか、ハプスブルグ家について。教科書だと、フランツヨーゼフ2世が啓蒙的だったということしか学びません。だけど、具体的に、彼に謁見するのは国民なら誰でもよく、謁見の控えの間には各民族衣装に身を固めた庶民階級の人がたくさんいたとかを見ると、なるほどと思うわけです。
あと、リンク沿いにあるデパートの地下の食品売り場で肉とかチーズを切り売りしてパンにはさんでサンドイッチにしてくれるところを見つけました。安くて出来立てで美味しくて最高。これをほおばりながらウィーンの街を歩くのは最高です。 明日は、ベートーベンゆかりの地に行く予定ですが、ウィーンは3日じゃ見きれません。まだまだ、見たいところは沢山あるけど、それは次回です。 Tags:#05~06年冬中東、東欧
今日は、これからシェーンブル宮殿に行ってきます。その後は、王宮とか蚤の市とか、ベートーベンが耳が聞こえなくなったときに遺書を書いた場所とか。つうか、見所沢山ですね。きっと、全部はいけないでしょう。
さて、ウィーンといえば音楽の都。ということで、僕もそれらしきイベントの一つでも行こうかなと思ったんですが、あいにく関心があるものは行けませんでした。ウィーン少年合唱団とか、ウィーンフィルのコンサートとか。オペラは、毎日やってるみたいなんですが、訳わかんないなか見てもあれですし、究極的に興味が無いのでいきません。合唱とか、音楽祭とかは行きたかったんですけどね。少年合唱団は、僕がウィーンを出た翌日にコンサートがあるようです。まあ、3日しかいないので予定があったらもうけものという感じだったのですが、残念。 ということで、音楽の都の面はまた後日に残して、森の都の面を堪能してきます。本当に、ウィーンは緑が多いんです。そこらかしこに公園があるし。まあ、寒いので公園でのんびりするというわけにもいかないんですが。 Tags:#05~06年冬中東、東欧
ヴィナーシュニッツェルを食べてみました。とんかつが薄くなって硬くなった感じでした。微妙。しかも、6.5ユーロとそれなりのお値段。まあ、一回食べたので満足です。もう食べないだろうな。宿のオーナーに教えてもらったカフェみたいなレストランで食べたのですが、僕の前に座ったおじいさんは、昼間っからチキンの揚げ物を食べてました…。だから、あんなに太るんだと思う。しかも、ビール二杯飲んでたし。これは、うらやましかったり。てか、来るお客さんのほとんどが、ビールなどの酒を飲みにくるお客さんでした。昼間っから。
その後は、トラムを使ってウィーンの中心部まで行き、航空券のリコンファームやらを済ませて、あとはそぞろ歩きを楽しみました。トラムでリンクを一周してから、リンクの中をぶらぶらと。歴史的な建築物が、そこらかしこにあるんですが、存在する建物全部が重厚な石造りなので、正直どれが古くてどれが新しいんだかわかりません。それとも、すべて古い建物なのかもしれませんが。 今日は、まだどこにも行ってないので、明日は朝からシェーンブル宮殿に行ってと観光してきたいと思います。そして、かの有名なザッハートルテを食べてきます。本家争いをしている、二つのお店の両方で。でも、こういう街は歩いているだけで楽しいです。 Tags:#05~06年冬中東、東欧
今、ウィーンに到着しました。ウィーンの宿は、PCが無料で使いたい放題なので、気兼ねなく更新が出来ます。しかも、3台もあってすごい。泊まってる宿は、キムチハウスという韓国人宿。日本人は、ほかに2人いるようですが、後は韓国人。今までとは逆になりました。さて、今からウィンナーシュニッツェルというとんかつみたいな料理を食べてこようと思います。名物料理なので、一回くらいは。ここのオーナーに聞いたら、お店を教えてくれたので。6.5ユーロみたいです。
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今日で、ブダペストも最後です。明日は、朝7時のバスでウィーンに出発します。3時間で着くので10時にはウィーンに到着です。このバス、激安でなんと11ユーロ。26歳以下の年齢割引で50%引きなのが大きいですが。しかし、当初はこの倍だと思っていたのでうれしい限り。
てか、何書こうか忘れてしまいました。なんか、ネタがあった気がしたんだけど。まあ、いいや。次の更新は、ウィーンで。ネット代が安ければ。 Tags:#05~06年冬中東、東欧
この両都市は、つい最近戦争の舞台となったところです。ベオグラードは、NATOの空爆で地上戦ではありませんが、サラエボは、ばりばりの地上戦が展開されて、街の四方が最前線となりました。サラエボは、冬季五輪が開催された都市ですが、五輪の会場は戦争の被害者の墓地となり、今では無数のお墓で埋め尽くされています。街中には、スナイパー通りという、当時、この通りを動くものはだれであれ狙撃の対象となったところや、いまだ地雷が埋まっている場所、ヘリコプターや戦車の残骸などが生々しく残されています。しかも、ほとんどのアパートの壁には無数の弾痕があり、破壊しつくされたホテルが聳え立ってたりします。
実際に見てみると、ひどいの言葉しか出てきません。正直、ベオグラードの空爆跡は、ごく一部であり、街のほかの部分は戦争を思い出させるところはありませんでした。こんなものかと思ったのも事実。ですが、サラエボは、ほんとうにこの街で、この場所で戦争が行われたんだということが生々しく伝わってきました。サラエボの街には、マックがありません。外国資本と思われるお店が本当にありませんでした。ベオグラードですら4件くらいマックがあって、ブランド品のお店があってという状況なのに。 雪深いサラエボは、一国の首都というわりにはあまりに小さく、何もなく、戦争がいかに多くのものを奪っていくかを感じました。サラエボでは、無数の銃痕が残り崩壊している建物の横で、真新しい建物の学校で普通に子供たちが学校生活を送っているわけです。 Tags:#05~06年冬中東、東欧
ただいま、ハンガリーの首都、ブダペストにいます。ブダペストには、クロアチアのザグレブから入ったわけですが、とたんにヨーロッパになりました。そもそも、街の発展度が違います。そんなわけで、趣がありつつも近代的な生活ができるブダペストは、とても気に入りました。もう、ここら辺にくると、日本にいる感じで、観光することができとても快適です。今までは、観光をするために不自由な生活に耐えなければなりませんでしたから。
ブダペストの前は、ブカレスト、ベオグラード、サラエボ、ドブロクニフと巡ってきたのですが、ドブロクニフに至るまでが、本当に最悪で…。だけど、ドブロクニフでは、たまたま、すばらしい宿に泊まることができて、たっぷり休養できました。ドブロクニフは、とってもきれいなところなんですが、やっぱり田舎なわけで、都会が好きな僕は、ブダペストのような街に来るとほっとするわけです。 しかも、なによりすばらしいのが、物価が安いこと。昨日は、宿に泊まってる他の日本人3人と親子丼を作って食べたのですが、一人60円で白米、鶏肉、玉ねぎ、卵、ワインがそろいました。本当にすばらしい。 てなわけで、長居したい気満々なのですが、帰国日が迫ってるのでそうもいきません。明後日の朝にウィーンに向かいます。ここからは、3時間半くらい。朝出て昼につく感じですね。ウィーンは、本当に物価が高いらしいので、朝、夜飯つきの宿に20ユーロで泊まろうと思ってます。韓国人宿で、韓国料理が食えるとのこと。ちなみに、普通の安宿は13ユーロくらいなので、7ユーロで2食を買うと思えば安いものです。きっと、自分で何とかしようとしたら、もっと高いでしょう。 最後に、お土産ですが、ブダペストでは、フォアグラの缶詰だけ買おうと思います。ワインなんか一瓶100円以下で買えておいしいのですが、なんせ重いので持ってくのが無理です。酒類の重いものは、プラハで帰国日前日に買うしかないでしょう。 Tags:#05~06年冬中東、東欧
皆さん、明けましておめでとう。今年もよろしく。携帯から、年賀状メールが送れるかと思ったら、ボーだフォンにしかメールが送れません。究極的に使えない携帯だ。ということで、この場で勘弁。
ということで、2006年です。海外で年越しなんて、今後出来るかどうかわかりませんね、貴重な体験です。昨日の夜は、恒例のカウントダウンイベントに行ってきました。ソフィアの中心にある、旧共産党本部前の広場でステージが建って、イベントがあったわけですが、なかなか盛大でした。というか、かなり。人もめちゃくちゃ集まってたし。正直意外でしたが、まあまがりなりにも首都ですしね。イベントは、大音量の音楽が鳴り響くだけでしたが、その場に居る人達で踊ったりと日本では絶対にありえない年越しでした。 で、夜が明けて一月一日になると、見事にどの店もやってません。コンビニがなかった一昔前の日本のようです。食料買っとかないと飢え死にするという…。ということで、今日はひもじい思いをしそうです。 さて、この居心地のいい宿も今日で終わりで、明日の朝にはヴェリコタルノヴォという街に移動します。この後は、ハンガリーのブダペストに着くまで、かなり駆け足です。中東以上かもしれません。しかも、どこかで移動に失敗すると飛行機に間に合わない恐怖の日程。でも、そうまでしてもベオグラードとサラエボは見たいと思うのです。なんせ、ヴェリコタルノヴォを出たら、5泊中宿に泊まれるのが1泊しかありません。後は、全部バスか列車の中…。なかなか、辛いたびになりそうです。 さて、お土産ですが、早速反応が…。じゃあ、酒とソーセージをメインで。でも、酒は760mlを3本までしか免税が効かなかったような。あと、ユニフォームは、トルコで安かったんだけどねえ。まあ、どっかで安かったら考慮します。僕も、ACミランのジャージが欲しくて結構探してるので。あと、最後のその国を感じられるものって・・・。そういうのを探すのが大変だから、聞いたのに…。まあ、頑張ります。案外、土産って選ぶの難しい。 Tags:#05~06年冬中東、東欧
土産に困っています。正直、考えるのがめんどくさいというのが一番ですが、何を買ったらいいのかも皆目検討もつきません。このままじゃ、プラハで免税範囲ギリギリのビールを買って、あとはソーセージでも買ってごまかしそうです。自分が欲しいものなら、いくらでも思いつくし買いたいと思うんだけど、人にあげるものってなかなか…。
つうことで、何がリクエストがあったら、このページを見ている知人の皆さん、コメントしてください。金銭面的に大丈夫な範囲で考慮しようと思います。 Tags:#05~06年冬中東、東欧
ソフィアという都市を知っていますか?ヨーグルトで有名なブルガリアの首都です。どうやら、今年の年越しはこの都市ですることになりそうです。というのも、物価は安いは、物は揃ってるはでよい条件ばかりなのですが、なにより宿がいい。もう、この良さは泊まってみないとわかりません。これで1泊6ユーロですから、驚きです。
さて、これまでは、エジプト、ヨルダン、シリア、トルコと経てここに至るわけですが、やっとイスラム圏を脱出したわけです。振り返ってみると、急ぎ足できてしまった感もあり、行きたい所もあるのですが、とりあえず、イスラム圏は当分勘弁です。旅行しにくいわけでもなく、物価も安いのですが、みやげ物の購入は勿論、交通費やツアー代、食事にいたるまであらゆるところで価格交渉をしなければならないということに疲れました。適当な定価があることが一番です。中東の印象は、とにかくぼったくってくるという印象しかありません。 さて、これからの予定は、当初はブルガリアからルーマニア、ハンガリーと普通なコースを行くつもりでしたが、予定を変更して、ベオグラード、サラエボ、ドブロクニフ、ザグレブを追加しようと思います。これも、中東を駆け足で飛ばした成果です。ベオグラード、サラエボは、当然のごとく旧ユーゴスラビア紛争の激戦地でありました。ベオグラードにNATOが空爆を仕掛けたのは記憶にあるかと思います。中東では、エルサレムを横目に見ながら行くことが出来ませんでした。今回は、金銭面的にも日程的にもこれらの地に寄り道するのに障害はありません。それならば、これらの地を自分の目で見てこようと思いました。ドブロクニフは、紛争とは関係なく、かの魔女の宅急便にそっくりな街という事で、ここも行ってみたいと思ったのでした。アドリア海に面した、美しい港町だそうです。
ガラベーヤという民族衣装を知っていますか?なかなか、よさげで値段も手ごろだったことから思わず買ってしまいました。白を基調として、胸のところに青の意匠が入っているやつを。上から羽織るガウンみたいのがついて70エジプトポンド。約1400円です。後は、スカーフを買って頭に巻けば、立派なアラブ人の出来上がりです。これを着て、ヨルダンのぺトラ遺跡とかをまわろうかなと考えています。以外に薄くて、ジーパンにTシャツの上から着て、ちょうどいい感じなので。材質はコットン100%で、洗っても大丈夫らしいです。
もちろん買うときは、交渉なのですが、200ポンドの言い値から70まで下げることができました。他の人に聞いた相場がそれくらいなので、まあ満足なのですが、きっともっと下げれるんでしょう。イシス神殿で、同じようなガラベーヤを売っている露天商では、全く買う気を見せなかったら40まで下がったので。ただ、今回買ったやつは、露天商ではなくお店の中にビニールに入って仕舞われていたやつなので、これくらいかなと。正確には、70とボールペン一本ですが。 こっちの人は、なぜか日本人からボールペンを欲しがります。お布施みたいなバクシーシという悪習があるのですが、それがわりにくれといわれてはじめてあげました。 ガラベーヤがどんなやつか知りたい人は、検索をかけてください。すぐに見つかります。私は、値段を見てびっくりしました。…倍です。
現地時間の15時半。今は、ルクソールのネットカフェにいます。一時間5エジプトポンド。まあ、3ポンドが相場っぽいけどいいかと。他のところは、10ポンドとかいってくるから。
ルクソールでは、王家の谷やハトシェプト葬送殿なんかを見てきました。現地ツアーに参加したので、移動は楽だったのですが、現地では歩くこと歩くこと。谷というくらいだから、広大な土地に各王の墓が点在しています。そこを歩いてみて回るという…。こっちは、30℃を超える暑さなので本当に疲れた。しかも、墓のリレーフとかはきれいだけど、所詮墓だし。墓しかないし。 ツアーの他の人たちは、西洋人が多かったのですが、国に関係なく女はたくさん見て回りたくて、男は少しでいい様子。なんかおかしかったです。朝8時発で1時間ほど前に帰ってこれました。 今日は、夕方で涼しくなってからルクソール神殿に行く予定。日が沈まないと暑すぎてやってられません。 そして、明日の午前中にでもカルナック神殿にいってこようかと。カルナック神殿のほうは、16時で終わってしまうので、日が沈んでから行くことができないんです。そして、明日の16時半発の夜行バスでダハブに向かい、その日のフェリーでヨルダンのアカバに向かいます。バスは、12時間ということで、疲れそうです…。ほんとは、ダハブでシナイ山に登りご来光を拝みたかったのですが、最近の体力のなさから断念します。今日の王家の谷ですら辛かったのに、3000段も階段上るのは無理です。
今、エジプトのカイロにいます。現地時間で昨日の深夜3時について、5時間ほど寝て、イスラム地区と考古学博物館に行きました。考古学博物館は、ツタンカーメンとかミイラとかそれなりに凄かったです。一回行けば十分ですが。ピラミッドは、すごかったです。やっぱり、見る価値はあります。なんといっても、クフ王のがでかいですから、一番見ごたえがありました。
宿は、サクラという日本人宿に泊まっているのですが、本当にオーナーには日本語が通じるし、日本人ばっかりだから一緒にピラミッドに行ったりと、いい感じ。少々お高いのが難点ですが。でも、部屋はきれいだし、なんといっても水回りがきれいだから満足ですね。オーナーに日本語でいろいろ聞けるのも利点かと。ただ、宿の周りには店が少なくて、ロケーション的にはスルタンとかの方がいいのかもしれません。 エジプトは、何と言ってもご飯がおいしくありません。やっぱり中華は最高。まだ、コシャリには未挑戦ですが、あれは飽きたという人がまわりにたくさん…。 もうひとつ困ったことが、アラビア語なので、数字すら満足に読めずバスが使えないんです。必然的にタクシーばっかりになって、交通費もバカになりません。あとは、各施設の入場料が高いです。これは、観光地なら何処でもそうですが、交通費とか宿とか飯が安い分だけ際立ってますね。カイロからアスワンまでの1等の料金と考古学博物館のトータルの入場料が一緒ですから。 カイロの街は、でかいので移動に一苦労です。宿のロケーションは、大きい街になればなるほど重要ですね。まわりに店が欲しい。
今は、蘇州にいます。ここもすごくよい街です。ほんとうに。個人的には、杭州より蘇州の方が好きですね。杭州より、こじんまりしていて落ち着きます。この街には、蘇州大学というとても大きな大学があります。なので、いたるところで蘇州大学に留学しにきている日本人と思われています。昼に食べた韓国料理のお店ではバイトと思われる女の子に、地図を指差して私はこの大学なんだけどあなたは蘇州大学?と聞かれ、日本の大学だということを説明するのに苦労しました。なんで、大学生なのに英語が通じないんだ?
夜に行った、網師園でもバイトの大学生に蘇州大学の学生かと聞かれました。それだけ、蘇州大学に留学に来る日本人が多いのでしょうか?ちなみに、蘇州大学には日本語科もあるそうです。
「上有天堂、下有蘇杭(天に楽園あり、地に蘇州・杭州あり)」と謳われた杭州にいます。この名に恥じない綺麗な都市です。とあるサイトで、中国旅行の最後には必ずこの都市を訪れ旅の疲れを癒してから帰国するとありましたが、本当に良く分かります。今日の夕方に、船で蘇州に向かうつもりなのでもうお別れですが、また来たいなあと思った都市の一つです。一番気に入ったのは、西湖の周りの景観が整った地域がある一方で、中国の魅力の一つである安い食堂や包子などを店先で売る店があることです。屋台は流石に少ないですが。包子を買って西湖の湖畔で食べるとかが、気軽にできてしまいます。
さて、杭州には一昨日到着したのですが、それまでには紆余曲折ありで開封を諦めざるを得ませんでした。また、今度の機会にしようと思って自主的に諦めたので傷は深くありませんが。蘭州では、列車のチケットはやはり取れず、硬座の旅はもうこりごりだったので飛行機を探しました。で、飛行機は上海までが1300元、鄭州が1000元とほとんど変わりません。鄭州で、また上海までのチケットを探すのかと思うとうんざりして、一気に上海に帰ってきたわけです。日本と違い、取れないものは取れないんだとわかりました。 今日の夕方には、運河を船で移動して蘇州に向かいます。杭州を夕方に出発して、明日の7時ごろに蘇州に着く船旅。これで、110元だから安いもの。移動費と一泊分の宿代を考えたら変わりません。それどころか、夜通しで移動できるので時間の節約になるくらい。蘇州も、杭州と同じくらい綺麗だといいのですが。
敦煌では、チケットを探すのに大変苦労しました。みんな東に戻りたがるので、慢性的に不足しているみたいなのですが、特に今の時期は夏休みも終盤で、学生が学校に戻るために大変混雑しているとか。飛行機を使ってしまえば大変楽ですが、高い。まあ、普通の額というか日本と同じ額なのですが、列車が安いだけになおさら高く感じるわけです。
で、昨日から旅行社でメイヨーを連発され、今日も朝からいろんな旅行社に入るも、ないの一点張り。とある旅行社で、いったんはあるといわれるものの結局あさってのチケットで、それでは間に合わない。そこで、街を彷徨っていると公共の鉄道チケット売り場らしきものを発見。地球の歩き方にはまったく乗っていないが、どうやら買えるみたい。ないと言われるのを覚悟して、蘭州行きのチケット一枚と紙に書いてみせると、硬座と軟臥があるとのこと。ほんと拍子抜けです。20時間ということもあり、一番安い硬座にしてみました。値段は68元。飛行機だと約1000元だから、もう安すぎ。ほんと、よかったです。 蘭州からは、各方面にいろいろな列車が出ているみたいなので、また駅でメモを片手に探してみようと思っています。とりあえず、蘭州の旅行社に問い合わせたらないといわれました。でも、もう旅行社のいうことは信じません。やっぱり、自力が一番。他力はだめです。特に、中国では。蘭州でなかった場合も、開封に近い鄭州への飛行機のチケットが1000元ほどで取れるみたいなので安心。飛行機のチケットは、当日でもあるみたいなので、最悪これです。高いけど。 いろいろなガイドブックには、鉄道のチケットは旅行社に頼んだほうが確実とありましたが、自分で買いに行ってないといわれたら、旅行者に聞きに行くことをお勧めします。窓口では、ちゃんとメモに何日のどこ行きを何枚と書けば、探して売ってくれます。
ただ今敦煌にいます。初めて、日本語が使えるPCを見つけることができました。明日には、敦煌発蘭州行きの電車に乗って、東に向かう予定。硬座で20時間ほどなので、楽しみであり不安でもあります。蘭州からのチケットは予約できずで、20日の7時30分に着くので、それから当日の列車のチケットを探します。見つからなければ、高いけど飛行機を使うことに。とりあえず、21日の昼までには鄭州に着いていたいんです。
その後は、開封を観光して蘇州、杭州と向かうつもり。 この先、インターネット喫茶を探す時間がないと思うので、旅先からの更新はこの一回になりそうです。
☆具体的情報
まずは、この旅行で仕入れた具体的情報を。全て、8月のピーク時の場合である。 1.上海-ウルムチ 10日前に予約しないと無理。現地に行って買うのなら列車に乗るまでに1週間は見た方がいい。ちなみに、この路線は一日に1本しかない。 2.上海-成都 ピーク時の8月でも直前でチケットは買えた。当日は無理だと思うが。3日も見れば十分ではないだろうか。この路線は、1日に3本くらいある。 3.成都-西安 正直わからない。5日前に予約したら余裕で買えた。この区間も、複数本走っている。ただ、この区間は飛行機を使っても少し高くなるくらいでいける。成都と西安にはディスカウントチケットがたくさんある。 4.西安-嘉峪関 少ない。ただ、硬座なら前日でも買えた。4日くらいみれば買えると思う。飛行機も満席だった。 5.嘉峪関-敦煌のバス 普通に買える。ただ、砂漠の中の道なき道を行くという感じで結構つらい。しかも、いろいろな街によりつつ行くので10時間ほどかかった。鉄道はわからない。 6.敦煌から東へ このチケットは、本当にない。鉄道はもちろんのこと、飛行機ですら満席といわれる。ただ、飛行機は2日も待てば買えるが鉄道は無理。私は、臨時列車があったおかげで敦煌の街中のチケットオフィスで買うことができた。旅行社は、臨時列車のチケットまで押さえているわけではないらしく、普通に旅行社に頼んでもないといわれるだけだった。だけど、乗れた列車も蘭州までしか行かず、そこから先はまた同じ状況だけど。苦労をいとわない人は、バスを乗り継いで行けば行けると思う。敦煌から蘭州までが24時間で、そこから西安までもかなりある。 7.上海-杭州 このチケットは、何も考えなくていいだろう。バスだってあるし鉄道でも1時間前で買えた。 ☆フェリー 私は、中国に行くのに大阪-上海のフェリーを使った。往復29000円で2泊3日かかる。使ってみて思うことは、これは最後の手段だなあということである。確かに安いが、シーズンオフならあと2万も出せば上海まで行く航空券などいくらでも見つかる。あくまで、8月という航空券が一番高い時期に行ったからフェリーを使ったのである。正直言って、乗る前だったら4万の航空券と比較したらフェリーを選んだかもしれない。だけど、乗ったから思うことは時間の無駄だということだ。2万から3万ほどで往復4泊6日を買う思えばそう高くはないと、今では思う。もう、乗ることはないだろう。 ☆鉄道 ・基本情報 中国の鉄道は、基本的に一路線につき1日1本しか走らない。日本に例えると、東京-名古屋の新幹線が1日一本しか走らないようなもの。ただし、大都市から大都市という主要幹線は一日に数本ある。ただし、これは同じ列車が一日に二本走るのではなく、経由地が違う列車があるということ。特に、西安は、西安止まりと西安を通ってさらに西に行く列車があるので東からは行きやすいと思う。まあ、ここら辺は時刻表に載ってるし見方は日本のとそんなに変わらないので問題なしか。 ・切符の買い方 切符は旅行社と駅の窓口で買える。基本的に、始発駅でないと切符は買えないと思ったほうがいい。特に、寝台は。駅の窓口で買うときはメモに、日付、ほしい切符の列車番号、席のクラス、目的地、枚数を書いて渡していた。このとき列車が何本もある場合は、第一希望、第二希望…という風に書いた。席のクラスも欲しい順にナンバリングする。まあ、これで伝わる。旅行社で買う時はもう少し楽だった。基本的には英語が通じるし、日本語が通じる場合もある。ただ、気をつけなければならないのは、小さい旅行社だとその場で発券してくれないし、時にはどの列車かもわからないことがある。目的地に行ければいいんでしょと言われてもねえ。大きい会社だと、コンピューターでその場で発券してくれる。手数料を取られたとしても、これが一番楽かな。あと、旅行社が買い占めているということもある。 で、問題は、よく満席になるということか。特に、寝台の硬臥はすごい人気。だから、シーズン中に行くときは事前に予約していったほうがいい。長距離列車であればあるほどこの傾向が高まる。ただ、切符は乗る場所でしか買えないので、別の都市でこの後の切符を買うことができない。なので、現地の旅行社に電話して予約をしておくといい。私は、旅の最後にこのことに気づいて…。 ・乗り方 駅に着いたら待合室が必ずある。そこで待って列車が入線したら改札に行けばいいだけ。中国では、待合室とホームの間に改札があるから、入線してこの改札が開かなければホームにいけない。 私は、軟座と無座以外は全部乗ったのだが、硬臥がやはり一番よかった。軟臥は、快適だけど同室になる人でかなり左右されると思う。その点、硬臥は個室にならないのでそれほど気にしなくて良い。これが楽かな。ただ、寝台の上下は絶対に下がいい。昼間に椅子にされようが、そのほうが楽。ちなみに、硬座はお勧めしない。私だったら2時間が限度。それ以上かかるようだったら、寝台にする。 ☆飛行機 飛行機については、チケットだけかな。チケットは、大きい都市なら必ずディスカウントチケットがある。小さい都市は逆に絶対にない。あっても、ただの旅行者にはわからない。私が確認した中では、成都と西安と上海はディスカウントチケットがあった。安い路線は驚くほど安い。西安から成都に行く場合は、飛行機でも鉄道と変わらないほど。ちなみに、席さえあれば前日でも余裕で買える。これも、旅行社と航空会社の支店があるがディスカウントチケットの可能性も考えると旅行社に行った方がいいかもしれない。 ☆バス バスは、同じ路線が一日に数本走っている。これは、日本のそれと感覚は変わらない。走る距離と時間はかなり違うけど。あと、どんなローカルな土地に行ってもバスはある。チケットも、バスターミナルに行って買えばいいだけ。ターミナルには時刻表もちゃんとあるし、それぞれのバスには目的地が明示されているので迷うことはほとんどないと思う。鉄道のチケットがなくても、バスのチケットは必ずあった。でも、最終的には満席で走ってるからすいているというわけでもないみたい。つまり、バスの場合はみんなが事前に買うということはせずに本当に直前に買うから、1時間も前に買えばほぼ買えるのだ。たぶん。 ☆市内バス 私は、この旅行で本当に市内バスをよく使った。タクシーを使うのは、その路線がどうしても見つからなかった6回ほどのみ。市内バスは、どの都市でも大体乗り方は同じで料金も1元から2元ほど。乗ったら前の料金箱にお金を入れるか、お金を集めている人にお金を渡すかである。料金は、バスの車体に書いてあるし、バス停にも書いてある。 ちなみに、なぜ便利かというと、路線を調べやすいからである。まず、その街の地図を買うと全てのバス停が乗っている。そして、そのほとんどにバス停の名前が載っているのである。これで、目的地のバス停を探すことができる。後は、最寄のバス停に行くと、このバス停に止まるバスの路線の全てのバス停が書いてあるのだ。そこから、行きたいバス停を探してそのバスに乗るだけである。残念ながら、降りるときは自分で探す必要がある。しかし、乗ったバス停から幾つ先かを調べさえすればこれも簡単である。中国のバスは、全てのバス停に止まるので。 この市内バスは、市内のほとんどを網羅しており、これさえ乗れればタクシーなんかまったく必要なかった。
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